八女提灯は、八女地方を代表する伝統工芸品のひとつで、盆提灯として有名です。盆提灯は、ご先祖様が年に1度里帰りされる「お盆」に、ご先祖様が家路に迷わないよう、お導きするための灯りです。

 およそ200年前から作り出され、提灯の資材となる竹、和紙などが地元で調達できたことと、ちょうど同じころ、作り出された八女福島仏壇の技術の一部を用いて八女の特産品として発達してきました。

(1)八女提灯の歴史

 1816年頃、八女福島町の荒巻文右衛門(あらまきぶんえもん)が「場提灯(ばちょうちん)」という名称の素朴で上品な絵を描いたことが始まりとされています。

安政年間(1854~1859)に福島町の吉永太平(よしながたへい)が工夫して、提灯に一大改革を加えました。竹骨を一条らせん式にまき、厚紙を薄紙の八女手すき紙に変え、これに山水、草木、花鳥などの彩色画を描きました。

明治の頃、吉永太平の弟である伊平(これひら)が速描の絵画法を取り入れ生産性が上がり、大正時代には独特の大型提灯から盆提灯へと変わりました。

 現在では、八女提灯のなかでも盆提灯が生産の主流となり、全国有数の生産量を誇っています。

 

 

 

(2)商品としての提灯

 提灯は、日本で発達した照明器具であり、特に作り出された頃から明治にかけて、照明として果たす役割は、たいへん大きなものでした。そして次第に改良が重ねられ、折りたたみ、組み立てができるようになり、保管したり運んだりするのに便利なものへと変化していきました。

 明治以降は、電灯の普及によって、照明としての機能は次第になくなり、日本人の習慣や風土に合った例えば、お盆用、祭礼用などの観賞用としての要素が濃いものへと移っていったのです。

八女の伝統工芸
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